倉敷美観地区の信州手打ちそば「あずみ」のサイトです

蕎麦本来のおいしさを皆さまに

伝統の味を守りながら進化を続けます。

店主ごあいさつ

大原総一朗氏に愛していただいた、先代池田慶次郎が打った信州内藤流蕎麦を受け継いでおります。

現代の舌の超えたお客様のために、二代目を継承する池田二郎はさらに改良を重ね、お客様に最もおいしく召し上がっていただくため、日々研鑽を重ねております。
また、「つゆ」にも工夫を凝らしております。

これからも基本を大切に、本物の蕎麦をご提供させて頂けますよう日々、修行を重ねてまいります。
そして皆さまにとって倉敷の思い出がより良きものとなりますよう、お手伝いさせて頂ければ幸いです。スタッフともども努力してまいります。

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おしながき

あずみの黒いそばは、全てそば本来の色です。そば粉はそばの皮も挽き込んでおります。そばの皮は香りは高いが粘りはなく、打つには熟練した技術が必要です。
この香りともっちりとした食感を両立させるには、絶妙な配合割合が求められます。
これらは開店当時から門外不出の秘伝です。

この風味豊かなそばに負けない「つゆ」も必要です。大変な根気のいる試行錯誤のすえ、先代のつゆをベースに、さらに味わい豊かで雑味のない透明感のある絶品へと仕上げることに成功いたしました。
職人が丹精込めて打ったそばと、極上のつゆをぜひご賞味ください。

名物「山芋そば」を中心に、お得にそばと天ぷらを楽しめる「天もり」も人気を頂いております。 また、定食メニューは全時間帯で提供させて頂いており好評です。

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店内写真

40数年前の開店当時は倉敷紡績の社宅で、立派な三軒長屋でした。天井の太い梁が当時を忍ばせます。
現在もおとなりの「廣榮堂」さん、「大原美術館ミュージアムショップ」さんまでがひとつの長屋となっております。

平成8年に裏の古民家と接続し改装いたしました。レジ横にある古い柱は、打ち場だった場所の名残です。
漆喰の壁が懐かしい、和風の落ち着いた内装です。客席のテーブル、イスは全て松本民芸家具を使用しております。

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ブログ

ブログ「そば屋のヨメのやっちもねー日記」と題しまして、二代目女将が書いております。「やっちもねー」とは岡山弁で「つまらない」「だめな」といった意味です。

季節ごとに美しい表情を見せる倉敷の写真や、美観地区のイベントをご紹介したりしております。
(たいていヨメが近所で撮った写真です)
「あずみ」からのお知らせなどもあります。

最新情報を随時掲載しております。ぜひご覧ください。

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    ◆こぼれ話 ~あずみ開店当時の倉敷(1966年頃)~

    当時、倉敷川周辺は閑散としていた。

    美術館や民芸館はあったが、観光客は少なく、大原美術舘裏に大原氏の肝入りで出来たばかりの国際ホテルも閑古鳥が鳴いていた。

    付近の店も、これも大原氏が命名した美術館隣の喫茶店「エル・グレコ」、「あずみ」の向かいの割烹「かき増(現在は場所が変わって「旅館くらしき」)」、その左手の民芸店「千草」、緑御殿の隣の「鴨井すし店」くらいなものであった。
    「あずみ」も大原さんが呼んだ蕎麦屋と珍しがられたが、元々倉敷はうどんどころで、蕎麦への馴染は少なかった。

     内藤流というのは、池田氏先代の師内藤翁が古くより信州に伝わった「そば打ち」の技法を再興した独特の近代そばの打法であったが、店に入った正面にガラス張りのそば打ち場を作りお客にも公開した。
    店内は民芸風にし、浜田庄司氏の色紙なども掛けたが、何分小さい長屋の一軒を改造したもので、二十人も入れば満員となった。

    (平成8年発行 守屋 清氏:著・発行 「かにかくに 第八編 続々平成太平記」より 抜粋させて頂きました。)

    三代目内藤流という詐欺にご用心!

    「あずみ」では「二代目 池田二郎」を、正当な内藤流手打ちそばの継承者としており、  

    池田二郎が厳選した方にのみ、無償で秘伝のそば打ちを伝授しております。    

    別店舗で営業を始められましても、その後ロイヤリティ及びフランチャイズ料などの金銭を請求することは一切ございません。     

    もしそのような事が起きた場合は、速やかにお近くの警察署か、倉敷あずみ 086-422-8970までご連絡くださいますようお願い致します。